JOURNAL

DEVELOPMENT AND EVOLUTION OF CAPE BULBS/M.Hasebe(NIBB)

2015.12.25

現在発売中の藤川史雄氏による「UNDERGROUNDS -CAPE BULB BOOK-」。本書の中でも触れた、ケープバルブの奇妙な姿の謎。螺旋状であったり、地を這うようになったり、何故あのような姿となったのか? その適応的意義についてさらなる検討をすべく、藤川氏とも交流のある基礎生物学研究所、生物進化研究部門の長谷部光泰教授にお話をうかがいました。また、長谷部教授は、ご自身のブログでもエリオスペルマム属の適応的意義などについて興味深い記事を発表されています。こちらも合わせて一読していただけたらと思います。

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まずは、螺旋状に巻く葉について。本書では、藤川氏をはじめ、自生地を何度も訪れたことがある方々との話の中で、「葉を巻くことで葉の強度を高め、現地の強風に耐えているのではないか」という説が出たのですが、先生はどうお考えですか?

ガマを研究材料にした論文で、”螺旋状にねじれる葉は強度が高くなる”という論文がいくつかありました。なので、風の強い地域では葉が強くねじれることが葉の強度を保つ上で適応的であるという仮説はありうると思います。強度計算をして確かめればわかるかと。また、比較的近縁種でねじれるものとねじれないもので強い風を当ててみてダメージの大きさを比べるのも面白いかも知れません。

南アフリカのカーステンボッシュ植物園を訪れた際、ラケナリアなどの研究で有名なグラハム・ダンカン氏にお会いすることができ、そこでも、この螺旋状に巻く葉の適応的意義についてたずねたのですが、彼は「葉の全体に強光があたらないようにして水分の蒸散を防いでいる」と説明してくれました。

ユーカリ属には葉が縦になるものがあって、日中の強い光を避けて葉の温度を下げているという研究結果があります。なので、強い光や温度上昇で細胞の中のタンパク質やDNAなどが壊れるのを防ぐために機能している、という仮説もありうると思います。これを確かめるには、上から光を当てたときと横から当てたときの光合成量、細胞のダメージを調べれば良いかなと思います。

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ダンカン氏は、地を這うような葉も、葉裏や土壌からの水分の蒸散を防ぐためにこうした姿になったと考えているそうです。

水は葉の表面と気孔の両方から蒸散します。気孔は十分な水分のあるときは光合成のために開いていますが、乾燥すると葉の中の水が逃げないように閉じます。また、葉の表面からは常時水が蒸散して行きます。これを防ぐために葉の表面はクチクラと呼ばれるワックスを含む物質でおおわれています。クチクラを厚くするにはコストがかかるので、葉裏を地面につけておけば、クチクラを薄くしてコストが減らせるかもしれません。しかし、葉裏が地面に接していると、光合成や呼吸のためのガス交換をしにくくなったり、光合成効率が落ちたりするデメリットがあるかもしれません。葉裏が地面に接している種ではそうでない種と較べて、葉裏のクチクラ層が薄くなっているか、葉裏が地面に接した場合と接しない場合でどのくらい光合成効率が変わるかを調べれば、この仮説を検証できると思います。

ダンカン氏は、地面を傘のように覆うことで、地中の球根を暑さから守っているのではないか、とも推察していました。

それは、影になっている部分となっていない部分で温度を計ると、効果が具体的にわかりそうですね。

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一番見当がつかなかったのが、エリオスペルマムの葉の表面に出る付属器(appendage)についてです。本書の中では、自生地は霧がかかる場所が多いため、表面積を増やして、霧をまとわりつかせて、より多くの水分を得ようとしているのではないか、と考察しているのですが、いかがでしょうか? エリオスペルマムについては長谷部先生もいろいろ研究なされているかと思いますが。

サボテンの仲間のオプンティアでは、円錐状の形をした棘に水滴が付くと、その形ゆえ、先端側から基部側に流れていき、棘の付け根から葉の中に水が吸収されるという研究が報告されています。エリオスペルマムの突起の先端には毛が生えていることが多いので、サボテンのように水分吸収に役立っている可能性もあると思います。突起の先端に水滴を付けてみて、水滴がどうなるかを実験するとわかりそうです。葉に付いた水が株元に落ちて根から吸われるという可能性は、どのくらい株元に水が落ちるかを観察すればよさそうですね。

他になにか考えうる可能性はありますか?

まずは、より多く光合成をするため、という理由も考えられるかと思います。E. paradoxum(本書P-26,27,28掲載), E. multifidum (本書P-25掲載)などのappendageは上に伸びているので、appendageの無い葉よりもたくさん光合成をしている可能性もあるかと思います。あとは、食害を防ぐためという理由も考えられます。ハクサンハタザオなどでは、葉に生えている毛が食害を防ぐ効果が確かめられていますので、E. appendiculatum(本書P-18掲載)の突起はそのような機能を持っている可能性があります。現地で突起の多い葉と少ない葉で食害被害を比較すれば検証できるかと思います。

なるほど。まだわからないことが本当に多い世界なのですね。

文献を調べても、これらの形態の適応的意義についてはほとんど研究がされていないようなので、今後いろいろ調べてみると面白いと思います。どの種も現地で簡単な測定や実験をすれば、仮説を検証できそうですし、連続撮影などで詳細に観察すると、思ってもみなかったような新しい発見があるかもしれませんね。