JOURNAL

Tillandsia baileyi versus T.pseudobaileyi/Atsushi Sato

2017.07.04

ティランジア(Tillandsia)属には種名に接頭辞としてpseudoが付く種が7種存在する[1]。pseudoは“偽の”という意味であり、この接頭辞が付いた種はpseudoの付かない元の種と形態的な類似性が含意される。

最も有名なpseudo種はティランジア・シュードベイレイ(T.pseudobaileyi)であろう。ホームセンターや一般的な園芸店でも目にすることがある普及種で、栽培も容易である。しかし、pseudoの付かないティランジア・ベイレイ(T.baileyi)との相違について正しく理解されているとは言い難い。

経験豊富なティランジア栽培家が参照する文献の筆頭として挙げられる1冊に1977年に出版されたスミスとダウンズのティランジア亜科のモノグラフ(以下、スミスとダウンズ(1977)[2]とする)がある。本書には出版当時に記載されていたティランジア亜科全種の形態的特徴や分布が詳述されている。当時はティランジア属にpseudo種がまだ1種も記載されていないため、本書にティランジア・シュードベイレイの記述はない。一方、1903年に記載されたティランジア・ベイレイは本書に掲載されているが、実は大きな問題が存在する。ガードナー(C.S.Gardner)が1984年に発表したティランジア・シュードベイレイの原記載文(以下、ガードナー(1984)とする)によって、スミスとダウンズ(1977)がティランジア・ベイレイとして記述した種の特徴に、実は当時未発見のティランジア・シュードベイレイの特徴が内包されていることが示されたのである[3]。よって、現在ではスミスとダウンズ(1977)におけるティランジア・ベイレイはティランジア・シュードベイレイのシノニムとされている。つまり、ティランジア・ベイレイに関しては、スミスとダウンズ(1977)の記述を当てにすることはできず、他の文献を参照する必要がある。

しかし、過去に出版されたブロメリア本のほとんどはスミスとダウンズ(1977)の影響を受けており、ティランジア本とて例外ではない。そこで、まずは両種の正しい特徴について明らかにした上で、主なティランジア本の正確性を評価してみたいと思う。

ガードナー(1984)では両種の区別は容易であると述べられている。幾つかの相違点が記されているが、特にトリコームの細胞配列、花序の形状、開花時期、そして分布域に注目すべきだろう。ティランジア・ベイレイのトリコームの細胞の配列数は4-8-16-64であるのに対し、ティランジア・シュードベイレイでは4-8-16-32である(図1)。ティランジア・ベイレイの花序は分岐しないが、ティランジア・シュードベイレイは最大で5分岐する。ティランジア・ベイレイの開花期は4月から5月、ティランジア・シュードベイレイは1月から3月である。

ティランジア・シュードベイレイのホロタイプはメキシコのチアパス州で採取された。ガードナーは記載に当たって、メキシコのナヤリト州、ホンデュラスのエル・パライソ県、ニカラグアのマタガルパ市で採取された標本も調査している。それらを踏まえ、本種の分布域をメキシコのナヤリト州からニカラグアまでとしている。スミスとダウンズ(1977)はティランジア・ベイレイと後に記載されたティランジア・シュードベイレイを混同していたため、ティランジア・ベイレイの分布域をアメリカ(テキサス州)、メキシコ、グァテマラ、ホンデュラス、サルヴァドル、ニカラグアとしたが、実際の分布域はアメリカのテキサス州からメキシコのタマウリパス州までの比較的限られた地域である(図2)。1975年のガードナーの報告によると、テキサス州におけるティランジア・ベイレイの分布は限定的で、その分布域は約50平方マイルだという[4]。そこはすべて牧場地帯であり、点在するオークの木が宿主になっている。コレクターの採取や交通局による景観整備により、かなりその数を減らしたが、その後の法整備により天然物の採取は禁じられている。

2000年にはティランジア・シュードベイレイの亜種として、ユカタネンシス(T.pseudobailey ssp. yucatanensis)が記載された[5]。本亜種はユカタン半島の灌木林に分布する。雨期には土壌が冠水する一方、乾期には極度に乾燥するため、現地の樹木は大きく育たず枝張りもまばらである。その反面、灌木内は湿度、通風、日射の条件が良好に保たれるため、着生植物の宝庫になっている。この亜種ユカタネンシスの原記載文に掲載されている比較表が表1である。これら3分類群の区別にあたっては、この表の内容にトリコームの細胞配列の相違を加味した情報が基本となろう。ただし、ティランジア・ベイレイの標高はスミスとダウンズ(1977)と同じであるため(表2を参照)、誤りの可能性を否定できない。

2003年にはティランジア・シュードベイレイの白花品種としてアルバ(T.pseudobailey f. alba)が記載された[6]。ホンデュラスのレンピラ県、標高600 mの川沿いで発見された。形態的には基本種とほぼ変わらないとのことで、もし栽培下で白花のティランジア・シュードベイレイが発見された場合、基本種の突然変異なのか、真正の品種アルバなのか、区別が困難かもしれない。

ちなみに、ティランジア・ベイレイには花序上から子株を生じるヴィヴィパラフォームが存在し、‘Halley’s Comet’として品種登録もされている[7]。1995年以前に故 ローリー・レイリー(R.Reilly)の実生個体から生じた突然変異と言われている。一方、ティランジア・シュードベイレイには同様のフォームは報告されていない。なお、ややこしい話だが、この増殖様式の正しい名称はヴィヴィパラ(viviparous)ではなく実はシュードヴィヴィパラ(pseudo-viviparous)である。

以上を踏まえ、スミスとダウンズ(1977)の「誤った」記述と比較することで、主なティランジア本におけるティランジア・ベイレイの記述の正確性を評価してみよう。

ティランジア・ベイレイの正しい記述として、「花序は分岐しない」こと、「分布域はアメリカのテキサス州からメキシコのタマウリパス州」であることを基準に表2を見てみよう。アイスレイのTillandsia(1987)[8]では、ガードナー(1984)の内容を反映した正しい記述がなされている。ルースのTillandsien(1991)[9]では、花序の分岐数や標高がスミスとダウンズ(1977)の記述と合わないが、その記述を元にしていることが分かる。キフのA Distributional Check-list of the Genus Tillandsia(1991)[10]では、ガードナー(1984)を参照して正しい分布域が記されている。カヴォレクのTillandsien(1992)[11]では、標高以外はスミスとダウンズ(1977)の記述とほぼ合致する。ルゲノンのLes Tillandsia et les Racinaea(2002)[12]では、標高はスミスとダウンズ(1977)の記述と合わないが、花序の形態や分布域についてはその記述を丸写ししただけの内容である。また。参考文献としてガードナー(1984)を挙げているが、実際はまったく記述に反映していない。マルシュカのWorld of Tillandsia(2011)[13]は参考文献を1つも挙げていないため、分布域をメキシコとした根拠が不明である。

以上より、ティランジア・ベイレイを正しく認識している本はアイスレイ本とキフ本であることが分かった。ただし、キフ本はティランジア属の分布域の解説に特化した書であるため、一般的なティランジア本としてはアイスレイ本が唯一と言えよう。また、その他の殆どの書はスミスとダウンズ(1977)の誤りをそのまま踏襲していることが分かった。

なお、この比較はあくまでティランジア・ベイレイの記述のみについての考察であり、それぞれの書を総合的に評価した訳ではない。例えば、アイスレイ本にも幾つかの間違いが指摘されている。また、ここでは国内で出版されたティランジア本は参照していない。興味のある方はご自身でお確かめいただきたい。

ティランジア属は種数が多く、それぞれについて正しい情報を整理することは容易ではない。また、上で明らかにしたように既刊の書籍中にも誤りが散見される。普及種とは言え、真実に迫ることは意外に困難なのである。

ちなみに、ティランジア・ベイレイの国内初導入は昭和43年に遡る。導入者は故 竹村直治氏である[14]。

文 : 佐藤 淳

参考文献
[1] Gouda, E.J. et al. (cont. updated) Encyclopaedia of Bromeliads, ver. 3.1. http://encyclopedia.florapix.nl/ (accessed 27 May 2017)
[2] Smith, L.B. & Downs, R.J. (1977) Fl. Neotrop. Monogr. 14: 998-999.
[3] Gardner, C.S. (1984) Selbyana 7: 361-379.
[4] Gardner, C.S. (1975) J. Brom. Soc. 25: 207-208.
[5] Ramírez, I.M. (2000) J. Brom. Soc. 50: 68-72.
[6] Takizawa, H. (2003) J. Brom. Soc. 53: 51-56.
[7] Bromeliad Cultivar Register (8104) http://registry.bsi.org/?genus=TILLANDSIA&id=8104#8104
[8] Isley III, P.T. (1987) Tillandsia. 256 pp.
[9] Röth, J. (1991) Tillandsien Blüten der Lüfte. 216 pp.
[10] Kiff, L.F. (1991) A Distributional Check-list of the Genus Tillandsia. 93 pp.
[11] Kawollek, W. (1992) Tillandsien Arten und Kultur. 112 pp.
[12] Rouguenant, A. (2002) Les Tillandsia et les Racinaea. 816 pp.
[13] Maruška, J. (2011) World of Tillandsia. 96 pp.
[14] 最新園芸大辞典編集委員会(編)(1983)最新園芸大辞典第11巻.339 pp.